2024年公開の映画『ナイトビッチ』。一見ホラーっぽいタイトルですが、中身はとても人間味のある、母としての生きづらさやアイデンティティの葛藤を描いた作品です。
主演はエイミー・アダムス。芸術家としてのキャリアを中断し、2歳の息子の育児に専念している女性を演じています。
夫は仕事で家を空けがち。毎日育児に追われる中、どこかに閉じ込められているような感覚を抱えている彼女に、ある日突然「犬に変わっていく」ような身体の変化が起こり始めるのです。
名前を持たない「母」
映画の中で、彼女には名前がありません。ただ「Mother(母)」とだけ呼ばれます。
これはとても象徴的で、「母親」という役割の中で自分を見失ってしまった彼女の状態をそのまま表しているように思います。
名前がないことで、観客は彼女の個人的な事情よりも、「母という存在」が抱える普遍的な悩みや葛藤に目を向けるようになるのです。
犬への変身は、心の叫び?
彼女の「犬に変わっていく」という現象は、単なるファンタジーではありません。
毛が生え、鋭い嗅覚が芽生え、夜になると野性的になる…。その変化は、彼女の中に溜まっていたストレスや怒り、不安の表れのように感じられます。
社会や家族から求められる「理想の母親像」。それに応えようとするあまり、自分の本能や感情を抑え込んでいた彼女が、ついに殻を破っていく過程はとても痛々しくもあり、美しくもあります。
芸術家としての再生と、母としての自分
彼女はかつて芸術家でしたが、出産と育児をきっかけにその道をあきらめていました。
でも、犬としての自分を受け入れ始めてから、もう一度創作の世界に足を踏み入れます。
「母であること」と「自分自身であること」は、決して相反するものではない。
この映画は、そのことを静かに、でも力強く伝えてくれている気がします。
『ナイトビッチ』が語りかけるもの
『ナイトビッチ』は、育児や家庭に追われながら、ふと「私って誰だっけ?」と立ち止まってしまったことのある人なら、きっと何か刺さる作品だと思います。
名前を奪われた「母」が、犬という形を借りて自分自身を取り戻していく姿は、とてもユニークで、そしてリアル。
母親としての葛藤や、社会からの見えないプレッシャー、自分を取り戻したいという切実な願い…。
そのすべてが、ちょっと不思議で、でもどこか現実味のある物語として描かれています。
もし「母としての人生」と「ひとりの人間としての自分」の間で揺れているのなら、この映画はあなたの心に静かに寄り添ってくれるかもしれません。
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